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会合記録 『連続公開講座「身近な地域から公共政策を考える」第9回』

2021年7月10日(土)14:00~16:30まで、オンライン開催。

縣所長、招聘研究員8名、ゲスト参加31名の合計42名が参加して、

第9回目の公開講座を開催しました。≪放映スタジオ 早稲田NEO≫

 

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概 要

 

 

講  師   藤倉 英世
       一般社団法人 公共経営研究ユニット 代表理事
       早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
テ ―マ   『地域のサステナビリティ(持続可能性)を捉え直す』
       〜中山間地域の小規模自治体の「半世紀」に及ぶ地域づくり〜
司  会   畠田千鶴

 

 

ゲスト    大目 富美雄
       長野県木曽町 町議会議員
       地域づくり団体 開田高原倶楽部 事務局長

 

 

ゲスト    天野早人氏
       長野県宮田村 村議会議長
       地域づくり団体 宮田村の景観を考える会 会長

 

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14:00~  開会アナウンス(進行の案内)
14:05〜14:50  藤倉プレゼンテーション(45分)
14:50~15:05  大目議員インタビュー(15分)
15:05〜15:20  天野議長インタビュー(15分)
15:20~15:30  休憩  (質問はチャットで受付)
15:30~16:15  質疑応答(45分)
16:15~16:30  縣所長挨拶 次回の案内 写真撮影 終了アナウンス

 

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第1部 講演内容(概要)

 

■平成の大合併が進んでなお、「地方消滅」、言い換えれば地方や地域の「持続不可能性」が指摘されて久しい。
しかしながら、そもそも、地方や地域の「サステナビリティ(持続可能性)」とは、誰にとっての、どのような状態を指し示すものなのか? 

■本講座では、長野県の中山間地域、木曽町開田高原(旧開田村)の「半世紀」に及ぶ「景観まちづくり」の歴史的変遷を丹念に追う。その上で、地域づくりの現場を支えるリーダーへのインタビューを交えながら、合併、人口減少などの課題を題材として、「サステナビリティ(持続可能性)」という「言葉」の〈内実〉を、地域の現実からリアルに捉え直そうと試みた。

 

1.講演の基本構成(章立て)

 

Ⅰ. はじめに
Ⅱ. 開田高原(旧開田村)の50年に及ぶ景観まちづくり
Ⅲ. 宮田村のまちなか(宮田宿)を巡る新たな動き
Ⅳ. 「地域の物語」の再生
Ⅴ. 実践者へのインタビュー

 

2.各章における提示内容の要旨

 

[Ⅰ]. はじめに

 

本講座では、地域の側からサステナビリティ(持続可能性)を捉え直す。そのために以下の2つの事例を分析する。その上で、「地域の物語」の再生という仮説を提示する。

[長野県木曽町開田高原地域の事例]
・半世紀の間「景観まちづくり」を継続的に実施してきた開田高原の歴史的変遷からサステナビリティ(持続可能性)を捉える。
[長野県宮田村の事例]
 ・かつての宿場町(宮田宿)を中心とした現在進行形の地域づくりからサステナビリティ(持続可能性)を捉える。

「地域の側」からサステナビリティを捉え直す意義について
○例えば、『地方消滅』(増田寛也編著、中公新書)は国家的視点から「集中と選択」を提言。他方でSDGsの国際目標では、「誰一人取り残さない」というコンセプトが示されている。二つのコンセプトは、明確に相反している。
○地域(基礎自治体等)のサステナビリティを考える際、こうした「相反しかねないマクロ的な戦略」を咀嚼しつつも、「地域でイメージが共有できる目標と戦略」を、地域の立場で定め継続することこそが(=「地域の物語」)、極めて重要となる。

 

[参考1]:第9回講座の主旨

 

 

[Ⅱ]. 開田高原(旧開田村)の50年に及ぶ景観まちづくり

 

開田高原事例の50年に及ぶ「景観まちづくり」の歴史を、以下の4つの期間に分けて特性を整理し、その展開、変遷から地域のサステナビリティの意味を考察した。

 

■第1期(1971~1986年):
「行政主導で、「景観」を軸とした地域づくりへの住民の共感を高めた期間」

開田高原(開田村)は僻地であったが、最大の魅力、誇りは、豊かな自然環境、自然景観であった。乱開発は「地域アイデンティティの危機」に直結した。
[第1期における社会的背景]
・観光による乱開発、広告看板乱立の危惧(背景には「日本列島改造論(1972)」等の開発圧力)
[第1期における実施施策]
 ・「開田高原開発基本条例」(1972)/乱開発を抑制
 ・村内全域に公的なサインを整備し屋外広告物を全面的に撤去(1979~)
   ⇒上記の施策は全国的に見て非常に先駆性が高い。乱開発に歯止めがかかり、地域から野立て看板が完全に撤去され、美しい自然景観が守られた。

 

■第2期(1987~2004年)
 「行政の誘導的な施策が住民との協働、住民の自主的活動を活性化させた期間」

 第1期の成果(自然景観の保全)に自信を得て、開田村行政が景観施策の「予算や制度的枠組み」を提供し、住民が自主的に実施する行政・住民協働の動きが一気に開花。
様々なユニークな施策が展開され、ごく自然に「美しい高原の村」がブランド化。Iターン者増加で人口減少に歯止め。
[第2期における社会的背景]
・新地蔵トンネル開通(1987)で交通状況が飛躍的に改善(交通僻地の改善)。
・竹下内閣による「ふるさと創生事業(1988—89)により、「自ら考え自ら行う地域づくり」の考え方が波及する。
[第2期における実施施策]
  ・行政、住民の連携によるユニークな景観施策を次々実施(1987~2004)
  ・Iターン者増加で人口減少に歯止め。 様々な受賞により住民の自覚もさらに高まる。

 

[参考2]:第2期に実施されたユニークな景観施策

 

 

■第3期(2005年~2010年)
 「合併により地域の公的活動の役職が激減し、地域の独自施策が停滞した期間」

 合併により開田村は木曽町開田高原となる。公的活動の役職が激減、開田高原地域内で自立的に決定できる事柄が大幅に減少。景観施策も停滞。
[第3期のおける社会的背景]
  ・平成の大合併期(1999—2006)。木曽町誕生(開田村、木曽福島町、日義村、三岳村の合併)(2005)
  ・地域の公的活動の役職が激減、人口も再び減少傾向へ
[第3期における実施施策]
 ・役場支所が残ることで、総務生活、振興などの地域的な基本機能は確保された。
  ・開田高原地域協議会(法定協議会ではない)が設立、政策提案等が可能となった。

■第4期(2011年~現在) 
「住民の地域づくりが再活発化。地域協議会や行政(支所)が景観施策を再開した期間」

 第2期に育まれた住民まちづくり団体の活動、合併時に設立された地域協議会、合併後も維持された木曽町役場開田支所の間で、新たな協働による景観施策が再開。
[第4期における社会的背景]
  ・第2期の育まれた住民活動から、新たな活動団体が生まれ、徐々に新たな展開が始まった(2011~)
[第4期における実施施策]
  ・開田高原地域協議会の政策提案を受けて、木曽町役場(開田支所)が開田高原独自の「景観指針(案)」の作成検討に着手(2021~)

■「地域側」からサステナビリティとは
約50年間の「景観まちづくり」におけるアクター、地域イメージは以下のような変遷、形成の経緯をたどっていた。
開田村時代に行政主導の「景観施策」(1971年~)が、徐々に住民や企業との連携を生み、そこに「美しい開田高原」のイメージ(ブランド)が確立する(1998—2004年ごろ)。しかしながら合併(2005)により行政の動きが一時弱まる。
その後、継続する住民活動に後押しされ、新たなガバナンス(支所、地域協議会、住民活動団体)が再構築され、開田高原地域の独自施策として「景観指針」を策定する動きが生まれた(2009—現在に至る)。
現在の開田高原地域においても、人口減少等のサステナビリティに関わる諸課題は、未だ解決されていない。しかし解決を模索、検討するのに必要な枠組み(新たなガバナンス)は再構築されるに至っている。そして、ガバナンスの再構築を支えたものは、長年の「景観まちづくり」の成果と、その蓄積であった。

 

[参考3]:景観施策におけるアクターの変遷と地域イメージの構築

 

 

[Ⅲ]. 宮田村のまちなか(宮田宿)を巡る新たな動き

 

宮田村では、2016年から住民のまちづくり団体が活動を開始、「戦略的・計画的」なまちづくりが実践されている。現在進行形の姿から「地域のサステナビリティがどのように更新されるのか」を考察した。

 

■「宮田村の景観を考える会」の発足
住民のまちづくり団体「宮田村の景観を考える会(以降、「景観考える会」と略記)」の設立の背景には、建造物の老朽化、住民の高齢化のなかで、旧伊那街道の宮田宿から続く「まちなか」の歴史・文化を保存・継承(持続)する最後の機会というまちなか住民、行政の共通する思いがあった。

■「景観を考える会」の活動と宮田村行政の連携的な動き
[景観を考える会の動き]
以下の3分野に対して、小さな施策を「戦略的・計画的」に積み上げた。
・文化/歴史/景観
探検ガイドツアー、まちなか博物館、蔵の文化祭等
・賑わいと福祉
福祉オープンカフェ、宮田市(みやだいち)、ベンチワークショップ
・情報/人材ノウハウの蓄積
各種トークイベントの、中学生プライムデー授業、ガイドブック等の作成等
[宮田村行政の動き]
  ・教育委員会が軸となり「まちなか(中心街区)」の歴史的建造物の各種調査(2018年-2021年で合計17棟)が進行。現在、文化庁の登録有形文化財の登録に向けて意見具申中。
・みらい創造課(企画部門)が「魅力創造プロジェクト」という住民・行政協働の企画のより「宮田宿軒下ギャラリー」等を実施

 

[参考4]:景観を考える会の活動展開と「地域の物語」の更新

 

 

■サステナビリティ(持続可能性)の更新
 旧伊那街道の宮田宿を起源とする「まちなか」は、将来展望が共有できず、見えないままに、徐々に資源(歴史的建造物、水路、宿場区割等の歴史的資源)が失われつつあった。
「景観を考える会」は、これらの資産に対して、新たな地域イメージ「上伊那地域の歴史・文化の交流拠点化」を接ぎ木した。これにより地域イメージ、サステナビリティの更新を図ろうと試みている。

 

[Ⅳ]. 「地域の物語」の再生

 

以上にみた2つの事例を通じて、地域のサステナビリティと密接にかかわる、「地域の物語」という仮説を提示する。

 

■「地域の物語」とは
地域は、そこに住む人、活動する人の意識、町並みなどの空間イメージを通じて、暗々裏のうちに「物語」〈これまで・・してきた私たちは、これから--であろうとして、いま~している〉を共有している。
こうした自ら地域の「物語」がイメージできなくなる時、サステナビリティ(持続可能性/持続していこうとする意志)が危機にさらされる。

■「地域の物語」が再生される条件
本講演では、事例分析を通じて、「地域の物語」が再生されていく条件を、以下の仮説で捉えてみた。
◇存続の危機⇒『地域の物語』再生に向けた他者の取り込み⇒公共的な空間の創出
⇒ローカル・ガバナンスの質の向上

 

[参考5]:「地域の物語」の再生サイクル

 

 

■講座のまとめ(地域のサステナビリティ(持続可能性)を捉え直す)
基礎自治体や地域は、公共サービスを効率的に提供するためだけの枠組みではない。
[地域とは]
①そこで活動する人々の共通する利益と共通利益を追求・実践する何らかの社会システムを有する空間的範囲
②空間的範囲内で活動する人々(住民、事業者、共同体等=「主体」)と、その人々が上記の社会システムに依拠しつつ、絶えず自己実現を目指して拮抗し合いながら共通の利益を模索し、将来に向けて意思決定していく「場」とその蓄積。
以上をごく一般的に要約するならば、
○地域とは住民や企業などが、〈喜怒哀楽〉を感じつつ、将来に希望をもって、自ら意思決定し、ともに暮らしていく場、環境」と、そうした場の蓄積。
○「地域の物語」は、空間や人々の意識の中に反映され、人々が自分たちの地域が向かっている方向性を体感しつつ、安心して暮らすための重要な機能を持っている。

[講演PPTにおける主な参考文献]
・羽貝 正美 (2020)「地方分権一括法施行20年と基礎自治体-原点に回帰する自治の理念-」現代法学第39号、東京経済大学現代法学会
・西 研 (2019)『哲学は対話する』筑摩選書
・藤倉 英世、羽貝 正美、西 研、山田 圭二郎、薩田英男、鹿野 正樹、中村良夫 (2019)『「地域の物語」の再生を巡る自治の諸相:1960年代以降の日・独・仏における 公共圏的空間、風景、ローカル・ガバナンスの変遷とその構造比較』一般社団法人公共経営研究ユニット

 

第2部 講演内容(概要)

 

(1)ゲストへのインタビュー(司会:畠田千鶴)

 

木曽町開田高原と宮田村から、地域づくりのリーダーを招聘(on-line)し、景観づくり活動のビデオ録画当も交えながら、地域の様々な現状や課題に対する思いを、インタビュー形式で把握した。以下にその要旨を整理している。

 

■大目冨美雄氏(長野県木曽町町議会議員、「開田高原倶楽部」事務局長)
 地域づくり活動の録画映像を講座参加者とともにon-line上で見たあとで、開田高原の景観づくり、合併の影響やその後の展開、地方議員としての役割、可能性、課題、開田高原のサステナビリティ(継続可能性)において重要な点、などを伺った。

 

[国道(歩道)を覆う支障木の伐採](録画映像より)

 

 

[インタビューの要約]

 

◇住民団体の景観づくり活動について
・(大目氏は)、開田高原倶楽部、及び森の倶楽部の二つのまちづくりグループの事務局長を担っている。
・二つのまちづくりグループでは、「自分達で出来ることは、自分達でやっていこう」という思いがある。具体的には、例えば録画映像で流したような国道沿いの「支障木の伐採や草刈り」などは、年に3~4回実施している。

◇合併(木曽福島町、開田村、日義村、三岳村の4町村合併による木曽町誕生)の影響について
・合併で町全体の面積は非常に大きくなった。この点、当初は「周辺地域がさびれないように」という配慮から合併後も各地域に支所を残し十数名の職員を配置した。しかし、人件費の削減等の当初から想定していた合併メリットを活かすため、10年を過ぎると職員が大幅に削られ、例えば保健師さんも常駐できなくなった。
・合併後、役場職員は4地域から1つの町に集まった。このため職員が出身地域以外に配属された場合、(例えば、開田高原では、景観への取り組みの理解が不可欠だが)、地域の取り組みの歴史等を理解していない場合も多い。また、理事者の考え方と地域が従来もっていた考え方が異なっていることもある。
・そうした中で、理事者の理解を得て、2021年度から3年間をかけて開田高原地域が独自に「景観指針」(開田高原地域のみを対象)を策定することが決まった。この3年間をきちっと進め、開田高原の「景観づくり」を更新、充実させたい。その上で、その成果を木曽町全域に還元して行きたい。

◇地方議員の役割、課題、可能性等について
 ・(大目氏は)議員は1期目。本年度11月に選挙がある。議会の課題の一つが議員のなり手不足。議員報酬が安いのかもしれない。特に木曽町は木曽郡のなかでも安い方。周辺町村議会からも、補充が必要なのではとの意見も聞かれるようになっている。
 ・大目氏自身は、郵便局でアルバイトを行い、その収入を活動報告の冊子の作成等に当てている。郵便局のアルバイトは、例えば、一人暮らしの老人の話を聞くなど地域の生活を知るうえで貴重な体験も与えてくれる。
 ・議員の役割として、「日々の暮らしのなかでの住民の声を、町行政にシッカリ伝える」ことが重要だと考えている。

◇開田高原のサステナビリティについて
・現実問題として合併(平成17年)しているのでそれを良い方向にもって行きたい。
・開田高原が、地元の誇りをもって残っていくために、御嶽山を中心とした自然環境をこれからもきちっと守っていきたい。都会に媚びないこと。自然、環境、景観をかたくなに、守っていくことが大切だと考えている。

 

■天野早人氏(長野県宮田村村議会議長、「宮田村の景観を考える会」会長)
 現場の雰囲気を感じていただくため、伊那街道宮田宿の歴史を残す喜多屋東蔵(天保年間に増築された記録がありそれ以前に建てた建造物)が面する中庭からの中継によりインタビューを実施した。歴史的建造物に関しては、宮田村教育委員会の小池勝典氏の解説が行われた。

 

[喜多屋東蔵](中継映像)

 

 

[インタビューの要約]

 

◇「宮田村の景観を考える会」の設立経緯
・2016年から本格化した宮田村景観計画作成の流れが背景にあった。計画を作ってそれで終わってしまうのではなく、住民側とし今後、何が出来るかを考えることから「宮田村の景観を考える会」を設立(2016)した経緯がある。
・宮田村は、村域の7割が森林・原野であり、人口9300人が半径2キロ程度の範囲で暮らしている。郊外に住宅が広がり「まちなか」と呼ばれる中心市街の衰退が問題となっている。しかし、景観計画の作成の中でまちなかの資源(江戸時代の街道の面影、商店街、奇祭、福祉施設等)を再認識し、これを使えば再生の可能性があると考えた。そこで「まちなかを、見る、知る、楽しみ、分かち合い」を合言葉に「宮田村の景観を考える会」の活動を始めた。

◇「宮田村の景観を考える会」の活動例
・長野県や村の、道路通行を止めて開催する「宮田市(いち)」(毎回1,000人程度参加)、「まちなかのガイドツアー」(延べ200名参加)、神社の社務所等での「まちなかの仮設博物館」(延べ900名参加)、まちなかを考える勉強会(延べ240名参加)など、様々なイベントを実施している。
・住民側の活動と平行して行政側では、教育委員会による歴史的建造物調査などの事業も進んでいる。

◇議会改革、議会の可能性と課題について
・議会の現状に関しては、大きくは「3つの課題」があると捉えている。
 ・一点目は、「議会の力を最大限に発揮するための機能強化」の課題。宮田村では「村づくり基本条例(議会、行政、住民)」を策定した。これを基盤に、議会内に特別委員会を設置、議会放映の全面的な見直し、研修のみなおし、議会の内部評価の実施、傍聴規則の改善、危機管理の体制づくりなどに取り組んでいる。その際、議会事務局の強化が難しい(事務局がほかの業務を兼務)。
 ・二点目は、「議会に関する広報、議会への住民参加」の課題。行政は、昨今は住民協働や住民参加を実践しているが、議会は取り残されている。議会だよりや広報物、インターネットによる本会議の放送等が重要。いま中学生に議会を知ってもらう活動も実施している。また宮田村議会の「村人会議」というものを企画し、1か月程度の間、住民から議会に意見を伺う会議(応募に高校生が14人参加、一般16人で予定の倍)を実施することになっている。
・三点目は、「議員へのなり手不足」の課題である。現在天野氏は議員4期目になるが、2回は無投票であった。こうした中、自治体の課題も多様化し、議員も専門性を問われている。宮田村の議員報酬は19.7千円/月と非常に少なく、拘束時間とのバランスが取れているのか、という疑問もある。そこで議員活動の見える化(議員としての日々の活動量を調査)を実施し、今後、報告書にまとめて村民と議論を行うことを想定している。

◇地域のサステナビリティにとって重要な点
 ・サステナビリティ(持続可能性)のため、現在、多くの地域で地方創生、定住促進が取り組まれているが、非常に危うい一面を持っている。というのも補助金を獲得し、地域の利便性等の宣伝合戦がはじまっている。最近知った調査結果では、人口を近隣自治体で取り合ってるだけ、という状況も見られる。
 ・手厚い施策により若者の定住促進で人気があり、出生率や人口増加でもてはやされた村があった。ところが、ある専門誌によると隣の市が同様の施策を実施した結果、一気に人口が減少し始めたことが話題となった。経済性、利便性を強調して移住を求めることには問題がある。まるで携帯電話の乗り換えのように住民が移住する街づくりは困る。

 

(2)質疑応答(ファシリテート:畠田、藤倉講師)

 

◇本講座は、行政学、社会哲学、景観工学、建築史学、都市計画等に関する研究者の方々、また建築雑誌、地域づくり雑誌の編集者の方、さらに地方議会の議員の方、地方公務員の方、学生の方など、多様な分野、立場の方々が参加された。

◇この貴重な機会を有効活用するため、質疑応答は参加者からの質問に対する講師と二人のゲストの応答に限定せず、参加者の専門分野からの「地域のサステナビリティ(持続可能性)」等に関するご意見や知見を、ご発言いただいた。

 

[質問(参加者)]

・地域のサステナビリティに関して、景観以外の取り組み(例えば福祉などと様々なアイテム)と景観を比較した場合、景観にフォーカスした取り組みに優位性はあるのか、また、互いの役割分担を想定した場合のアドバンテージはあるのか?

[回答(講師)]

・「物語」が目に見える、最終的にはその物語の空間の中に包まれている、というところが景観で話すと話しやすい、共感しやすい部分だと思う。フォーカスする分野でやり方は変わってくるが、地域づくりの場合、活動している〈場(空間)〉と、その場の中に活動している〈主体〉が誰でも視認できることが重要。活動の主体と場の関わりが見え、その背景に歴史性、風土性などが見える。誰にでも見えるという景観的な特性は、「地域の物語」を再生に重要な役割を果たすと思う。

 

[質問(参加者)]

・開田高原で合併(2005)による影響の後、地域の方々が再び「地域の物語」を自覚的に捉えるようになったのはいつごろでしたか? 言い換えれば、合併後に次にどういう町をつくるかを話し合い、課題の共有し始めたのはどの時期か?

[回答(大目議員)]

・合併後も旧開田村の景観施策を開田高原で引き継いだことが大切かもしれない。例えば15の行政区での独自の取り組み(集落内景観整備事業)は、助成金の金額は減ったが活動自体は継続した。ペンキ代助成事業は町から地域協議会へ補助金を出し、地域協議会が独自事業として継続した。
・このように区長会、地域協議会が取り組みを継続、さらに住民グループの自主活動は景観改善効果以外に、意識の高揚につながった。継続し徐々に意識付けが広がった。

 

[質問(講師)]
・イタリアの建築史の専門家の方が参加されているので伺います。イタリアでは地域のサステナビリティはどのように維持されているか?
[回答(参加者)]
・イタリアは経済発展の著しい北側と、伝統重視の南の対立があった。しかし全体としてはスローライフ、スローシティなど、効率化、スピード化へのアンチテーゼの町や国でもある。あくまで個人的な見解だが、急がない代償を覚悟の上でスローを選んでいる印象がある。自分達のまちや景観(自分達が、たまたま縁を持った持った自分達のまち)に対するリスペクトを大切にして後世に伝える気持ちがある。
・維持には大変な努力と覚悟が必要である。強烈に地元愛を持っている人がいて、その人を中心に建築家を巻き込んで、より良い状態を目指し、50~100年後、次の世代に繋いでいく覚悟と決断を有していることがある。

 

[質問(講師)]
 ・ドイツでは地域のサステナビリティはどのように支えられているのですか?
[回答(所長)]
・都市計画の制度で市民参加が制度化されている点が大きい。それを通じてフォーマルに市民意見が都市計画に反映される。
・スローシティも重要だが、スマートシティもサスティナブル。それぞれの自治体が考えをもって決めていくことで、全体の調和が取れていくことには可能性を感じる。

 

[質問(講師)]
・全国的に見て最初の地域雑誌の一つを創刊した立場として、地域のサステナビリティをどのように捉えていたか。
[回答(参加者)]
・地域の歴史を知っていて以前からその地域に住んでいる人の話を聞く。そのことで周りの人たちが自分の町を見直し、良いところを見つける動きになっていった。住んでいる人が楽しく、嫌いなもの無駄なものは作らせない、無くしたくないものを残す、平易な言葉で伝える。35年前のことなので。作らせない、壊さない、楽しく暮らす、という思いだった。

 

[質問(参加者)]
・「地域の物語」の再生のなかで、「私たちは何を大切にしていくのか?」という点が、要(かなめ)になると考えている。
・個人、地域に共有される大切さ、良いこと。先ほど大目議員は、御嶽山と自然が大切で頑ななまでに守っていく、とのお話をされていたが、その点をもう少し詳しく教えてください。また、天野議長には、地域を「携帯電話を乗り換える」ようなものでなくするためにどうしたら良いか、お伺いしたい。
[回答(大目議員)]
・御嶽山は木曽町だけでなく木曽郡のシンボルと言われている。特に開田高原からの眺めは素晴らしい。地元では親しみをこめて「おやま」と呼ぶ。小学校、中学校の校歌にも歌われ地元の民謡でも出てくる。心の支えになる母なる山、ときには父なる山。
・その御嶽山を中心に麓に広がる開田高原を大切にしたい。具体的には御嶽白菜、トウモロコシ、開田蕎麦等の農産物、農業、林業、畜産、このような第一次産業を大事にしていくことが大切。
・例えば、65歳で退職された方がトウモロコシや野菜を作る。農業やっているお年寄りは健康で、デイサービスにも行かず自立して生きている方も多い。農業は産業的な面を越えて、福祉の面でも大切だと感じる。
[回答(天野議長)]
・宮田村への「宮田愛」を話すと1時間は話を続けられる。まず、宮田村は一旦駒ヶ根市と合併し、その後別れた経緯がある。つまり村の境界線は単なる線ではない。そこに祖先から引き継がれてきた思いがある。
・そうした点を考えると、「携帯の乗り換え」とは異なり、自分の村にしかない地域づくりに共感してくれて、宮田に集ってくれる人が重要。このことがサステナビリティにつながる。

 

[質問(招聘研究員)]
 ・景観や環境の価値を経済的に評価することは可能なのか?
[回答(講師)]
 ・環境を経済的に評価する手法がある(例)CVM (WTP:支払意思額)、ヘドニック分析法(地価の上昇から分析)、その他。
・ただ計量化した際、数字の内訳が景観や環境のどの部分と関連するかなど、内容の分析が把握しにくい場合もある。こうした点から、環境経済評価とその他の様々な視点を組み合わせて捉えていくことが重要となる。

 

[意見(参加者)]
・開田高原において地域協議会のメンバーにIターン者が比較的多い。これは、こうした方々が地域に移住してきた際、地域に対して強い思いを持っていたとも考えられる。こうした思いは、地域のサステナビリティの重要な側面を表している。

 

[質問(参加者)]
・飯田市(伊那では比較的大きな自治体)の歴史研究所にいて、歴史的建造物等を調査している。自治体規模が大きくなると、自治体全体を一つの単位として「物語」を考えるのが難しい。また「物語」に関しては、例えば世代により景観への見方は異なる。地域には法律でプロテクトされていない歴史的建造物が一杯ある。若者はある種カッコいいと思っている。一方で、お年寄りは、こんな古いモノに意味があるのか、と考えている場合がある。地域や世代で価値観が異なる。こうした場合、どのような「地域の物語」の作り方、継続方法があるのか?
[回答(講師)]
・確かに物語の一部は世代間で更新される。しかし、例えば歴史的建造物などは、そうした世代を越えて継承される。合併を例に取れば、合併前にはそれぞれの地域に別の物語が存在していた。それを行政が一つの枠組みの中に落とし込み分配すると、多様な選択肢、きめ細かい政策を受け取る〈場〉と〈主体〉が喪失してしまう。
・そうした場合、公共的空間(人々が集え、議論し、体感を共有できる)を、それぞれの地域単位のなかに、どのように再生するかが課題となる。例えば宮田のまちなかは、体感を共有している部分がいまもある。
・別の例では、江戸時代に集落が合併していても、当時の各集落のそれぞれの感覚が現在まで残っている場所もある。それらの感覚を掘り起こす工夫、方法はあると思う。つまり大きな場所でも小さな場所でも「物語」が再生する単位は存在するのではないか。
[回答(参加者)]
・石川県の野々市市の大学で教えている。野々市市は住みやすさランキング1位。しかしそうした実感がないと学生と話す。つまり、行政サービスや利便性、機能性の数値で測れる部分ではなく、暮らしている人の実感がスッパリと抜けていく。
・公共的空間が重要と考える。そこでは人が活動している姿が見えている。そこから、自分もその場で活動できる可能性が連想される。外に広がりみんなに見えている空間。現在もそうした公共空間は数多く存在するが、課題はそうした空間をどのように使うか、公共空間の本質への議論を深め、その母体としての市民、基盤としてのガバナンスをシッカリ考えていく必要がある。

 

[意見(参加者)]
 ・学生時代に東京に出てきて、根津(文京区)の暮らしが20年になった。よそ者として地域性の濃いところで色々揉まれながら、地域づくりのなかで自分が出来ることは何かを考えてきた。
・講座の最初に示されていた「選択と集中」戦略では、結果的にだれかが必ず取り残される。地域づくりのプレイヤーも同じこと。集中と選択は、結果的に人任せになってしまう。非効率を許容して誰もが参加してくなるような仕組みが必要。この点は政治にも当てはまる。人任せにしない、経験がなくても参加したくなる仕組み、政治的仕組みが重要で、「地域の物語」は一種の政治課題ともなっている。
[回答(天野議長)]
 ・常日頃から全ての政治的課題に住人の関心を続けてもらうのは難しい。しかし、いざ事が起きた時グッとまとまって動けることが重要なのでは。現時点では政治的課題への参加を拾い上げる仕組みの準備が整っていないが、インタビューでお話した「村人会議」に想定以上に人が集まった。思いがある人に届くチャンネルを作ることの重要性を感じた。
[回答(大目議員)]
・政治への日常的な参加は難しいが、「地域づくり」への参加は仕掛けが重要である。まちづくりの交流会の全国大会や、長野県や木曽郡の催しに積極的に参加し、交流して楽しむ。地元を学びながら交流を深める。専門的な勉強もしながら地元の地場産品を考えてみる。

 

[質問(講師)]
 ・例えばドイツでは、住民が政策や行政に直接参加することはあるのでしょうか?
[回答(所長)]
・計画細胞(Planungszelle)や、環境アセスメントなどの制度的な参加はある。こうした参加により市民側にも知見が蓄積していく。日本でも類似的な方法を検討し、自治体が自発的に各々の自治体の見合った枠組みを検討する、ということは考えられる。

 

[質問(参加者)]
 ・例えばヨーロッパでは教会というコミュニティーが存在する。ドイツにはフェラインがある。開田高原での地域づくりへの参加者の人数はどの程度か?
[回答(大目議員)]
・現在の事務局長を担っている二つの地域づくり団体には計20名が活動している。地域での活動を考えるのであれば、まず15の行政区には区長がいて、どこの地区でも春、夏、秋の祭りを実施している。また冬には新年会を実施する。例えば、私(大目氏)の行政区(26世帯)では、夏祭りに併せて町道と農道の5キロぐらいの草刈りを午前に実施し、午後は夏祭り、懇親会を行う。

 

[質問(講師)]
 ・フランスでは、住民活動としてどのような動きがあるのでしょうか
[回答(参加者)]
・ドイツのフェラインと同じような活動団体にアソシアシオンがある。現地でのヒアリングによればスポーツ、文化などを対象としたアソシアシオン活動を通して、地域の将来の方向性を模索する話や、議員の担い手の話も出ているようだ。地域全体を住民自身が考えるきっかけになっている。
 ・小規模自治体や小さな地域的なまとまりの規模でなければできないことが相当あると捉えている。自分達の地域でしかできないことをお互いの顔を見ながら、考えることが出来ていること。地域的なまとまりの規模、参加したくなるような仕組みとも関わり、一体感が自然に生まれてくる規模を、注視して考える必要がある。

 

[質問(所長)]
・市町村合併は、理論的には財政的なまとまりを得てインセンティブが出ることが前提となっていた。財政的なメリットと地域が権限を失ったディメリットを考えると、自治体はあまり大きくない方が良いということなのか。
[回答(参加者)]
・合併は真剣に考えなければならない選択肢の一つであり、自分達の地域で長期的に見て必要ならば選択もありうる。要はその後に、地域のなかで住民の主体的なかかわりを前提としているような意思形成の場が形成でき、新しく生まれた自治体のフォーマルな意思決定機関、地方政府に、それらの地域の声をどのようにつなげるか。そのルート、チャンネルをどのように結び付けていくか、ということだと考えている。総意工夫により財政的の合理化と地域を活かすことの両立は可能だと考える。
[回答(招聘研究員)]
・自治体で市民参加、協働を担当していた。市民側に、行政は最終的に何でもできる、という誤解がある気がする。行政は一定の制約のもとに作られたシステム。そのため企業、住民との協働が必要となる。かつては住民の自治という形でやってきたことを吸い上げて再分配する。住民側には、そのために税金を払っているという刷り込みが大きい。
・地方分権等で自分達の意思を地域に反映させて良いのだ、という自治の理解は高まってきた。他方で最終的には行政がやってくれるという誤解は残っている。
・個人的な話だが、今後、地域に公民館的な食堂をつくりたい。行政に相談するのではなく、ごはんを食べながら、よろず相談のような活動、必要に応じて社会資源につなげていく活動。こうした活動をやり続けることが重要だと考えている。これも行政での25年間の経験があるから可能なのだとも感じる。

 

≪ 講義を終えて(講師所感)≫

 

専門的な研究者の方々を多く含む、多様な分野、様々な立場の参加者を多数得たことで、質疑応答が素晴らしく充実したと感じている。有用な知見が極めて多い点に鑑み、(4)質疑応答、にやや詳しく要点をとりまとめた。
参加者の方々への感謝に加え、ゲストインタビューにお答えいただいた大目冨美雄氏、天野早人氏、開田高原の映像をご提供いただいた服部泰英氏、中継時に歴史的建造物の説明を頂いた宮田村教育委員会の小池勝典氏の各氏に感謝したい。また、開田高原の調査の一部はトヨタ財団の助成を得て、講師もメンバーである「風景-主体研究会」の研究の一部として実施された点を、謝意をもって明記しておく。

 

以上

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