• トップページ
  • ご挨拶
  • 研究所紹介
    • 公共経営研究部会
      • 地域主権研究センター
    • 公共政策分析部会
  • アクセス・お問い合せ

調査rep3「同性婚(same-sex marriage)の権利における市民参加」

発生年月:2001年4月〜2003年11月

1.目的

 マサチューセッツ州で同性婚を法的に認めさせること。

2.手法

(1)きっかけ

 2001年3月から4月にかけて、マサチューセッツ州における7組の同性愛者のカップルが、各々の地方市役所において結婚許可証を認めてもらうことができずにいた。それらのカップルはボストン、ニュートン、ウィッティンビラ、オーリーンズ、ノーサンプトンに在住し、7〜32年間の交際を続けており、すでに4組のカップルは子供を育てており、結婚における法律が与える保障を得られる道を探していた。彼らは、マサチューセッツ州の法律に基づき結婚する権利があるということを裁判で主張した。被告は、マサチューセッツ州の法律において結婚に関する法律を取り扱う公衆衛生省であった。

 

(2)協力者の集め方:支援団体の活用

 その上で、これらのカップルはGLAD(Gay & Lesbian Advocates & Defenders)という民間非営利組織を通して、2001年4月にHillary Goodridge et al v. Department of Public Healthという裁判を起こした。このGLADという組織設立のきっかけは1978年の事件から始まる。市民よりボストン公共図書館の男子トイレにおいて男性らが性的関係を誘いかけてくるという苦情を受け、ボストン警察はその場所を監視することにしたが、ボストン警察は監視を行う私服警官に、同性愛者をターゲットとし、法を侵す行動へと誘導させるように仕向けたのである。結果として、3月の2週間で103名の男性が公然わいせつ罪等の重罪として起訴された。しかしながら、それら起訴された男性が法を侵したかどうかについてはあいまいな点が残り、結果としてそのうちの1名のみが当初有罪とされたが、それも後日覆された。

この事件とともにアメリカ全土にわたる反同性愛のさまざまな規制等法案に怒りを覚えたボストン同性愛者のコミュニティはデモを行ったが、その間にジョン・ワードという若手弁護士が、同問題に関して正義を追求しようと決め行動に移した。

ワードは、ボストンの同性愛者のコミュニティの支持を取り付け、1978年にGLADを設立し、1979年にはその活動の始まりとして、図書館で逮捕された男性の人権を侵害したとして、ボストン公共図書館と警察官を相手に最初の裁判「Doe v. McNiff」を行った。つまり、GLADは、法廷で戦うことをベースとし、同性愛者に対する市民権の獲得を目的とした民間非営利組織の団体である。

GLADはその経験上から、多くのマサチューセッツ州市民が、同性愛者の家族はコミュニティを形成する一部として成り立っていると考えており、また大多数の市民が、同性愛者に同様の権利を与えることに賛成であることを知っていた。さらに、マサチューセッツ州は、多くの分野において、全米で市民権獲得の最先端を進んできた歴史がある。州憲法は平等の権利、少数派の保護についても約束しており、議会は同性愛者に対する職の保証や反差別、学生の権利等をすでに認めていたのである

 

(3)対外的な働きかけ

 GLADは既に同性愛者からの支持を取り付けているため、特別な対外的な働きかけというものはなかった。しかし、同性婚の可・不可という問題は全米において初めてであったため、メディアの目を引き、ボストン・グローブ、ワシントン・タイムズ、シカゴ・トリビューン等の新聞において記事として掲載されるとともに、全米の一般市民の議論を活性化させ、他州の同性愛者からの注目と賛同を得るきっかけとなった。積極的な情報提供の方法としては、GLADを通し、同性愛者の婚姻権に関する情報をホームページにおいて一般公開し、メディアへの情報提供を行っていた。さらには個々の議員に向けて手紙や電子メールを通してロビー活動を行っていたと考えられる。また、婚姻権を得られなかったことを含めた様々な同性愛者からの経験談話を集約させ、その情報を米国各州において講演、ホームページに掲載することにより、メディアと共に一般市民に対しても情報の拡散を行った。

 

(4)市民の具体的行動

 裁判が2001年の段階で始まっているため、特に具体的な行動はないが、全米において同性婚の議論を行い世論の形成をしていった。その手法は、主にGLADが通したものであると言える。その理由の一つは、上記に述べたように、GLADはアドボカシーも行う組織であるからである。同性愛者の意見を集約させ、ホームページにおいて情報を拡散、また、個々の議員に向けて手紙や電子メールを通してロビー活動を行っている。2003年の時点において、GLADは年間に約3000通に渡る同性愛者の権利に関する連絡を受けているが、その半分が婚姻権に関するものであったということもあり、同性愛者はまずはGLADを通しての世論形成の第一歩を形成したということが考えられる。二つ目の理由は、同性愛者に対する憎悪犯罪(Hate Crime)も存在する為に、氏名等の個人情報を表に出すことは困難であるからであろう。
参考:http://articles.chicagotribune.com/2003-11-24/features/0311240233_1_gay-marriage-gay-lesbian-advocates-civil-marriage

 

(5)資金集めの方法

 資金集めに関しては細かい記載はないが、原告側がGLADを通して裁判を行うことにより、個々の弁護士に依頼するよりも費用がある程度低く設定されていると考えられる。GLADのホームページによると、費用の設定は全て弁護士と依頼人の間で行われることとなり、GLADは基本的には介入しない。しかしながら、GLADにはLRS (Lawyer Referral Service)というサービスを行っており、同性愛者を扱う弁護士を登録しておくシステムが存在する。このサービスに登録している弁護士に依頼すれば普通の弁護費用よりは高くはなりにくく、さらに交渉も柔軟になる。例えば、弁護士は法廷で勝訴した際に得られる費用から報酬を得られるシステムを採用したり、さらには公益ということで無料にしたりする場合もある。そのため初期にかかる資金は比較的低く抑えられると考えられる。マサチューセッツ州の同性婚の権利に関する訴訟は7名という複数の依頼人がいたため、低コストの上、さらには費用分担ができたと言えるだろう。

3.反対側の行動

 同性婚反対を唱える人々は、同性愛者に対する婚姻を認めなかったという前例を契機に、マサチューセッツ州の憲法および米国憲法において婚姻権や他の保証を同性愛者に認めない、という対案を出した。マサチューセッツ州においては、改正案を可決する為には上院下院の両方において過半数の票を得る必要があったが、州憲法改正と米国憲法改正の双方ともに、権利を「制限する」改正は歴史的にも行っておらず、可決する見通しはたっていない。

4.効果・成果

 2002年5月7日には州の最高裁判事が原告の訴えを認めず、GLAD側は敗訴したが、その後、州の最高裁へと上告した。2003年11月8日にGoodridge v. Dept. of Public Healthというマサチューセッツ州裁判によって同性婚の権利がマサチューセッツ州内で認めれることになった。

5.特記事項

(ア)最終的な実施主体、中心組織

民間非営利団体である「GLAD」

(イ)取組みの特徴

同性婚の権利取得のために民間非営利組織が支援をし、州の条例を決定させた例。

(参考資料)

l GLADホームページ

http://www.glad.org/