No.8 講師:大原 透 『株式市場から見た地域金融と産業政策』 ―少子高齢化の中、いかに地方創生を果たすのかー
2021年4月10日(土)14:00~16:00まで、オンライン開催。
縣所長、招聘研究員8名、ゲスト参加18名の合計27名が参加して、第8回目の公開講座を開催しました。
≪放映スタジオ 26号館1102 ≫
(1)概 要
講師 | 大原 透 独立行政法人 中小企業基盤整備機構 資産運用アドバイザー 小田急電鉄株式会社 社外取締役 早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 |
テ―マ | 『株式市場から見た地域金融と産業政策』 ―少子高齢化の中、いかに地方創生を果たすのか― |
司会 | 畠田千鶴 |
14:00~ | 開会アナウンス(進行の案内) |
14:05〜15:05 | 大原プレゼンテーション(60分) |
15:05~15:20 | 休憩 (質問はチャットで受付) |
15:20〜15:55 | 質疑応答(35分) |
15:55~16:00 | 次回の案内 写真撮影 終了アナウンス |
(2)講演内容(概要)
講師は40年以上に亘り内外の大手運用機関で株式の運用業務に携わってきた。その経験を踏まえて「株式市場から見た地域金融と産業政策」という演題で、以下のポイントについて講演を行った。
1.株式市場の予測能力
2.株式市場から見た日本の衰退
3.少子高齢化と地方創生
4.地域金融機関の現状と課題
5.地方の産業
6.まとめ
1. 株式市場の予測能力
講師は、長らく株式市場を通じて日本経済・世界経済を見てきたが、その間感じたことはなによりも株式市場には未来を映す鏡ともいえる先見性があるということだ。
その一例として2020年の株式市場をあげることが出来る。昨年2月以来コロナ禍が世界を席巻する中で、株式市場は昨年の3月にはコロナ禍を受けてどのような企業が恩恵を受けるかの選別を始め、テレワークに関わるデジタル関連の企業やアマゾンなどのEコマース関連の株が3月から上昇を開始した。
もう一つ将来を織り込んでいるとみられる好例は、電気自動車テスラの株価の急騰である。トヨタ、本田、日産、フォルクスワーゲンを合計した株式時価総額よりもテスラの時価総額は大きくなった。これは将来①ガソリン車はなくなる②金型などの膨大な既存の下請けを抱えるトヨタは、日本の雇用を切ことが出来ず、これから苦しむ、ということを株式市場が読み込み始めているといえる。
2.株式市場から見た日本の衰退
株式市場を通じてみると、日本が衰退の方向に向かっていることが見て取れる。
世界の株式市場に占める日本の株式市場のシェアは80年代のバブルのピークでは40%、2004年には12%を占めていたが現在では6%台まで低下している。こうした日本の凋落の要因としては以下の4点が挙げられる
①1980年代の日米摩擦で円高、日米半導体協定など、米国から多くの譲歩を迫られたこと
②日銀の金融政策の失敗
③日本企業が「ものづくり」に執着し、世界の潮流である無形固定資産(ソフト、知財)への投資で出遅れたこと
④そして少子高齢化、である。
3.少子高齢化と地方創生
少子高齢化は日本の衰退の大きな要因の一つである。2014年に「地方消滅」という本が上梓され、大きな話題となり地方創生という政策が全面的に打ち出された。地方創生交付金を始め様々な財政的手当が行われすでに6年半が経過したが、地方創生が成功しているのかどうかはよくわからない。
成功例はいくつも報道されているが「点はあるが、面になっていない」ことも事実だろう。地方創生に対する懐疑論として「東京一極集中が日本を救う」という考え方がある。ニューヨーク、シンガポール、上海といった都市間競争の中で、東京が勝たなければ日本が強くなれるわけはないという考え方だ。それももっともだが、その東京にも大きな問題点がある。それは、若者が東京に来ると出生率が下がるという致命的問題があるからだ。そして出生率の低い東京は急速に高齢化が進む。やはり地方の活性化は日本にとって必要なことだといえる。
4.地方金融機関の状況
地方創生のためには、地方の金融機関が頑張らなければならない。地方金融機関も使命を果たそうと頑張ろうとしているが、実際は、貸し出しが伸びず競争激化で、利益は右肩下がり、本業利益は地方銀行の過半で赤字化している。
株式市場から見た地銀の株価も低迷を続け株価純資産倍率(PBR)は地方銀行平均で0.3倍程度と純資産価値の3割程度の評価しかされていない。
株式市場からこれだけ低い評価しか得られないのは、やはり地方銀行に問題があるといわざるを得ない。デジタル化の進展で新興IT企業に業界の垣根を越えて攻め込まれていることもあるが、何よりも銀行に企業評価能力がないことが問題だと考える。
安易な不動産担保に頼った融資を続け、「事業を評価し企業を育てる」ことをしてこなかった。地方の衰退は人口減少の結果ではなく、地方の産業が衰退したから人口が減ったとみるべきである。
5.地域産業のあり方
強い産業がないと日本は強くならない。地方にも強い企業が存在して、お金の流れを作り出さなければ地方の活性化は望めない。ただし、補助金のお金の流れでは地方を強くすることは出来ないだろう。様々な地方支援策がなされる中、地方の関心事はいかにその補助金を獲得するかに向かってしまい、地方の産業を育てる方向に向かなかった。
地方の産業は基本的に中小企業である。日本には約360万社の中小企業が存在するが大企業より遙かに利益率が低く、研究開発費も少ない。中小企業は各種施策によって手厚く保護されているが、その分非効率性が温存されている。中小企業の新陳代謝や再編・統合を進め労働生産性の向上を図っていかないと地域にお金の流れが作れず、地域の活性化も望めない。
6.まとめ
人口減少は避けることの出来ない既定事実である。まずは成長の夢を追い求めることなく粛々とダウンサイジングを許容すべきであろう。個々の自治体、市町村がフルセット主義を捨て、地域単位で連携してICTを利用したデジタル行政をすすめ、コンパクトシティ、スマート自治体への転換を図るべきであろう。
地方金融機関も地域の現状から見て数が多すぎると思われる。統合・再編をすすめ、移動店舗網の構築などの対応を進めるべきである。また地域金融機関は事業評価力、コンサルタント力を養い、地域の企業を育てるという使命を果たしていかなければならない。
テレワークの進展で居住地選択の幅が広がったことは、地方の産業にはポジティブに働こう。都会の高度人材 を地方で活用する可能性が広がったことは大きな利点である。
グリーン成長戦略やESGは地域産業の活性化には非常に親和性が高いものといえる。成長志向の中では、エネルギーコストが低いことが求められてきた、現在は再生エネルギーなどコストが高いものであっても 地球環境を考えると最終的には安くすむ、という考えが急速に広がっている。太陽ネネルギー、地熱発電、風力発電などエネルギーの地域での地産地消が望まれる。洋上風力拡大などは、地域特性が明確(北海道、日本海側、九州など)で、産業スケールも大きいことから地域産業を活性化する産業政策として大いに期待される。
(3)質疑応答・討議
発表内容に関する質疑応答が以下のように活発に行われた。
<質問1>
日本の衰退を食い止めるという観点から、移民を受け入れるとか、英語を公用語化するとか思い切った政策をとる必要があるのではないかと思うがどうお考えか?
<1回答>
最近グローバル化には転機が訪れているように感じる。世界各国が自国の歴史や文化に根ざした方向に向かっている。英国はEUを離脱し大英帝国の夢が捨てきれないし、中国やロシアは民主化されたことがなく、あたかも皇帝やツァーリの国のようである。日本には日本の文化があり(講師の立場はともかくとして)皇室を中心とする国という考え方も根強いと思う。そういった意味では、英語の公用語化や移民の大量受け入れというのは現実的には難しいのではないだろうか。
<質問2>
講演の趣旨とはややずれるが、最近「ウイグルで強制労働によって収穫された綿花をユニクロや無印良品が使っているのではないか」という人権デューデリジェンスの問題が報道されている。日本企業はこうした問題に真剣に取り組む気はあるのだろうか。
<2回答>
個々の日本企業が真剣に取り組む気があるのかどうかはわからないが、投資家サイドはこの人権問題を真剣に議論し始めている。講師は機関投資家コミュニティーの一員であるが、先月も英国における「MSA法案=現代奴隷法」についての勉強会が日本で行われた。
ESGやSDG’sの潮流は世界的に広がっており、日本の投資家も真剣に勉強を始めており、投資家からの圧力で日本の企業も変わっていくだろう。
<質問3>
中小企業が非効率で数が多すぎるというお話しだが、ドイも中小企業が多いがうまく産業が成り立っているように思うがどうお考えか?
<3回答>
確かにドイツでは中小企業が活躍していると言われる。講師はドイツの中小企業について詳しくはないが、一つ言えることはドイツの方が日本に比べ圧倒的に有利なマクロ要因があるということだ。それは為替レートである。80年代ドイツは日本と並ぶ強い輸出国でドイツマルクには日本円と同じく常に通貨高圧力がかかっていた。日本円はプラザ合意で円高を飲まされ輸出産業は苦しみ抜いた訳だが、ドイツはその通貨高を回避することに成功した。すなわち「強いドイツマルク」は、イタリアやスペインなどを統合した「弱いユーロ」にうまく衣替えし、輸出産業の衰退を免れたのである。
(4)講義を終えて(講師所感)
多くの皆様にご参加いただけましたことに感謝いたします。コロナ禍が続きZoomでの講演となり実際に皆さまにお会いできなかったことは残念ですが、その一方遠隔地の方にもご参加頂けたことは大変うれしく感じました。
参考図表①~③