会合記録 ≪23年度連続公開講座≫ 『10年20年後・近未来予測の社会的インパクト』(第1回 羽田講座)
2023年7月7日(金) 17:30~20:10まで 3号館601教室
学生団体「政友会」と共催。
学生、招聘研究員、一般社会人など当日参加を含め50名が参加した。
テーマ:『主権在民と変える力』
―実例に学ぶ「人を動かす人間力」―
企画趣旨:各人が蛸壺に入って様子伺いをしているような日本。私たち国民が主権在民を貫くための意識や行動は健全か? 『具体事例』で確認しながら、学生や若者と近未来予測の日本社会を展望し、プラス思考の議論を企画した。
映画 『ハマのドン』 を題材として、カジノ誘致の問題から広がる『市民の自治とは』、『民主主義とは何か』、『政治とは』、『報道とは』、『人の心を動かすとは』など現代の、特に(日本の)学生や若者の反応が弱そうな「民主主義の土壌」を課題に問いかけようとした。
講 師:松原文枝(テレビ朝日)
現在) テレビ朝日 ビジネスプロデュース局イベント戦略担当部長
1992年政治部・経済部記者。
2000年『ニュースステーション』 と、2004年『報道ステーション』 ディレクター
2012年『報道ステーション』チーフプロデューサー。
2015年 経済部長。2019年7月から現職。
タイムテーブル
17:30 | 開会 早大公共政策研究所 所長挨拶 (縣公一郎) |
17:40 | ドキュメンタリー放映(47分) 民間放送教育協会 スペシャル『ハマのドン最後の闘いー博打は許さない』 |
18:30 | 講師講演 |
19:40 | 質疑応答 |
20:10 | 閉会 |
進 行:山岸憲伸 (早稲田大学 政友会 幹事長)
第1部 ドキュメンタリー放映(47分) 第36回民間放送教育協会 スペシャル
『ハマのドン”最後の闘い”ー博打は許さない』 (制作・松原文枝)
映画 『ハマのドン』 の源になったドキュメンタリー。(2022.2.5 テレビ朝日放送)
横浜市のカジノ誘致を阻止するために人生最後の闘いに打って出た“ハマのドン”こと藤木幸夫・91歳の生き様と権力に向けた闘いを描いている。藤木が権力の中枢と闘う決断をした原点とは何か。今の時代は戦前の「もの言えない空気」に似てきたことに警鐘を鳴らし、戦争を体験したからこそ、市民社会や家族の崩壊を防ぎ、皆で助け合って生きる社会への思いが強かった。カジノを止めさせるには市民と結束して2021年の横浜市長選で勝つしかない。
制作ディレクターは松原文枝(テレビ朝日)。
誰もがものを言わなくなり、権力になびき忖度する社会の中で、藤木幸夫の「義理・人情・恩返し」に強烈な勇気を感じたのであろう。松原の訴えたかったことは、民主主義の倫理であり、議論する価値であり、『人を動かす人間力』であったように思われる。
第2部 講演
講師の松原文枝さんは次のような柱立てを中心に、学生を主な対象として鋭い分析力で内容の濃いパワーポイントを用意してくれた。
① 「ハマのドン」ドキュメンタリー番組をめざしたこと
② 取材の過程
③ ドキュメンタリー制作の舞台裏
④ ドキュメンタリーの意義
⑤ 映画化すること
※パワポによる説明は当日参加者に合わせて変更されたが、以下、予定された内容に沿って説明する。
講義資料:『映画「ハマのドン」ドキュメンタリーの要諦』
(1) 取材のきっかけ
安部政権以降「カジノ誘致」の動きが加速。
2016年「カジノ解禁法」が強行採決・成立
2018年「カジノ運営の法律」が強行採決・成立 ⇒藤木幸夫反対表明
(2) ドキュメンタリーを作るまで
2021年8月の横浜市長選が決戦の場に
選挙に向けた闘いにはシナリオがない(常に情報を取り映像を撮る)
藤木の背景を探る(親の世代・戦争体験・戦後の少年野球チーム)
市民との連携 大勢の支援者たち
(3) 映画化へ
カジノ設計者がカジノの内部事情を告発
自民党の長老が依存症の専門家を紹介
市民は市議会の傍聴を続け、政党に請願した
横浜市がカジノの事業リスクを認めた
市民の手で政治を変えることができること、民主主義が機能することを伝える。(市民メディア)
横浜市長選でカジノ反対の山中竹春氏が圧勝。(⇒10日後に菅首相退任)
(4) 新書『ハマのドン』-横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録-(松原文枝)
第3部 質疑応答と、浮上した学生の社会意識
質問は横浜に在住する早大OBの横浜市政に関する質問から始まったが、後半は 『この会場にはなぜ学生の参加が少ないのか』 に質問が集中した。
5月15日に7月7日の日程が決まり、2ヶ月ない短期間であったが、主催側も学生の政友会も責任感で広報にあらゆる努力をしてきた。ポスターをデザイナーに頼み、データの配信、印刷しての校内掲示、クチコミ、研究所や大学本部のホームページに掲載し、立て看板に至るまで。
政友会の責任者から学生参加数の中間報告を受けた時、思わず 『エッ!! ○名ですか?? 公開講座で経験したことがない何とも衝撃的な数字ですね~QRコードは正常に受け付けているか、チェックして下さい』 と応答した。
企画段階から「学生主役」と考えてきたので、周辺の知人・友人に声をかけるのは後回しにしてきたが、社会意識の高い友人・知人20名に声をかけると、ほぼ即答でYESと答えてくれ、当日、19名が参加してくれた。
高校生や大学生を対象にした専門家の調査データや、国際調査により、日本の若者の社会に対する意識や関心は 『毎年主要国の中で最下位にある』 ことは承知していたが、早稲田も例外でない現実の証明と結論を突きつけられた思いがする。
派生した課題:≪忖度する社会を生きる若者の背景と大人の劣化≫
なぜ集客できなかったかについて、学生の一人は『「港で博打は許さない」などの主張を伴うキャッチコピーが、何か政治活動的なイベントとして誤認されている可能性があります』 と語った。 『個人的に菅さんが近いもので、表立ってのSNSで告知が難しいですが・・』 と話すOBもいた。任侠映画をみるようだ。
我々の時代であれば、学生たちは 『ナニナニ、喧嘩相手の論客が来る? よ~し、押しかけて論破しようじゃないか』 と誘い合って意気込んだものだが・・・。
しばらく前の6月18日、岸田文雄総理(1982年早大法学部卒)が大学で講演し、大隈講堂を満席にした。時の総理大臣だから全身で政治の頂点にいる人だが、最高権力者の話を聞く一方的な講演会は、『聴き手の主張がない』 から「政治」の場面とは言わないのだろう。20年30年前までは 『政治参加』 が堂々の権利であったのに・・・。
『加藤登紀子@早稲田』 で垣間見えた今の学生
2014年の話になるが、当研究所は歌手の加藤登紀子さんを招いて公開講座を開いた。タイトルは 『時代を変える若者たちへ』。小野記念講堂の200席は前日までに満員御礼となり、学生や20代の若者たちは加藤さんと対話できるよう、前方3分の1に集まってもらった。加藤さんの著書『登紀子1968を語る』 を起点に世界と日本の民主化や学生運動の歴史を語ってもらおうとしたのだが・・・。
1968年はパリの5月革命、ベトナム戦争と反戦運動、プラハの春、キング牧師やロバートケネディの暗殺、日本では東大紛争と安田講堂の占拠、日大や慶應の学園紛争、神田カルチェラタンなど。学生は内外の歴史に殆ど知識なく、キョトンとした彼らの無反応に加藤さんが苛立って、ステージから私の名前を呼び、『どうしたらいいの?!』
過去を知らずしてどう未来を予測するのか。 あの時から何も変わっていない。
日本の18歳 『自分の国の将来について』
上のデータは2022年3月24日付けで日本財団から発表された。
6ヶ国(各1000名)の18歳意識調査の一部であるが、日本の18歳は将来を悲観しており、別の項目『自国の競争力』についても、過半数は弱体化を予想している。
2019年の9ヶ国調査でも日本は他を寄せ付けない最下位にあり、自分たちの力では何もできないと諦めているのが実情だ。(中国、インド、欧米の18歳は多くが、自分は責任ある社会の一員として問題を解決したいと考えており、この差は大きい)
今、躍進を図る企業や役所は発信力ある実力派を探している
7月7日の公開講座の終盤で他校から参加した女子学生が『何かを言えばsnsで非難され、組織の中では高齢者の抑圧を受ける』 の趣旨で発言した。
現代社会の病んだ側面であろうが、独裁国家のように個人の言動で身柄拘束を受けることはないし、今の成長企業や役所は発信力ある若い実力派を探している。そうでないと日本の弱体化を止められないことは必然で、リーダーは皆認識している・・・。
元来日本人は(国民性なのか)顔と名前を出して意見を言わない傾向にあり、これが『もの言えぬ空気』 の源泉だろうが、コロナの3年間、至る所で監視の目を感じたから、若者にはどれ程のストレスだったことか。
それでも主張し、行動したところで(出過ぎる杭は打たれないので)その実は大した抵抗を受けないことを知ってほしい。
高齢者もとかく邪魔扱いされるが、『ハマのドン』 は戦争を体験し、これ以上怖れるものはないとして闘いに挑んだ。彼に替わる若者も中年もいなかったのではないか。。かっての学生運動のように、若者が権力と前線で対峙するのであれば、年寄りは応援席にいられるのだが・・・。
今回の講座を通じて感じたことの一番は戦争体験で多大な犠牲を払って築いてきた民主主義や市民の自治の『土壌を守る意識』 が(大人の反映だろう)学生に稀薄なこと。土台がぐらついてことあれば砂上の楼閣に等しい。右とか左とかの問題ではない。
パーソナルな情報が至るところで優先され、自分の身を守ることには長けているが、『公共』 のために力を出そうとする学生は極めて少数だし、背景には「大人が劣化」し、若者の足を引っ張っていると感じている。
全国を飛び回る多忙の中で、丁寧に準備し、語っていただいた松原文枝さんと、仲介役をお願いしたテレビ朝日の木下智佳子さん、ありがとうございました。
そして、多くの学生が蛸壺にいるような状況の中で、講座の運営に共催してくれた政友会と幹事長の山岸憲伸さん、裏方のサポート役を担ってくれた大学院生の島田光喜さんに感謝いたします。 (公共政策研究所 羽田智惠子)
≪特別寄稿≫
★公開講座を終えて
公共政策研究所招聘研究員 峯村昌子
2023年度公共政策研究所の第1回公開講座は、「学生にとって政治をより身近にする活動」を活動指針に掲げる早稲田大学公認サークル「政友会」との共催で、「『主権在民』と変える力」をテーマに行われた。講演者の松原文枝氏は、テレビ朝日の報道ステーション元チーフプロデューサーで、映画「ハマのドン」の監督である。この映画はテレビのドキュメンタリー番組として制作され、国内外で好評を博したことで映画化された。講座では、映画のベースとなった番組の放映のあと、松原監督の講演、質疑応答という形で進行した。
映画は、横浜の港湾業界のトップとして長く君臨する「ハマのドン」こと藤木幸夫氏が、保守の盟友だった菅官房長官(のち総理)に反旗を翻し、「カジノ誘致反対」という市民の声に沿ってカジノ誘致阻止を貫き、2021年の横浜市長選の山中竹春市長誕生で勝利するまでを描いたものだ。
上映作品と松原監督の講演から浮かび上がる藤木氏の姿は、91歳(撮影時)とは思えないほど活力にあふれている。例えば、カジノ誘致反対運動について、「私は命がけで、どなたも誘っていません。1人でやります。死ぬのはやだけど、覚悟しないと人間何もできない」と言い切り、「日本人は強い人に向かわないね。強い人に向かう癖をつけないと、これから日本はダメになる」とばっさり。そして、戦争体験を語ることを通して、現代社会の空気感に警鐘を鳴らす。何か発言をする際には組織や周囲への過剰なまでの配慮を求められる昨今、藤木氏の言葉は圧倒的な力で迫って来る。
松原監督は「ご本人も、困っている人を助けるのが任侠道と言っておられて、まさに『ドン』なんですね」と語っている。藤木氏の姿を見ながら、当時の安倍政権の抑圧、メディアの弱体化など、今の時代の危うさを改めて考えさせられる講座となった。
続く質疑応答では、「若い女性の政治参加が少ないのはなぜか、改善する方法は」「(横浜港から遠い)横浜市中部、北部は市政への参加意識が低い」といった声が上がり、松原監督も「そこは、番組では取り上げなかったが、横浜市の課題だと思う」との見解を示した。
この「若い女性の政治参加」という言葉をきっかけに手を挙げた女子学生が「何かを発言するのが怖くてしょうがない。発言したいが、難しい。大学生や若者は社会的に弱者だと思う」と語ったのが印象的であった。
ちなみに、6月4日に総務省が発表した2023年版の情報通信白書によると、日本、米国、ドイツ、中国のそれぞれ約1000人を対象にオンラインで実施した調査で、SNSなどで自分の考え方に近い意見や情報が表示されやすいことを「知っている」と答えたのは日本では38%にとどまり、米国の77%、ドイツ71%、中国の79%に比べて大きく下回った。この調査から、若者全てではないものの、「自分の好む情報だけに囲まれている」姿が垣間見える。
先の女子学生の発言も、SNSなどで「発信すること」はできても、人前で自分の言葉を使って「発言すること」が不得手であるようにも見える。
若いということは目の前に茫漠たる未来が広がっていることでもある。不安も大きい分、希望や可能性も大きい。ブラームスの「大学祝典序曲」にも登場することで有名なメロディーに岡本敏明氏が詩を付けた「ドイツ学生歌」は「我が行く道は 遥けき彼方」と高らかに歌っている。広がる未来を持つ若者の力は強いのだということを知ってほしいと願う。
≪学生のまとめ≫
★第一回公開講座を振り返って
早稲田大学政友会幹事長 山岸憲伸
早稲田大学公共政策研究所主催の公開講座に、私たち早稲田大学政友会は共催として運営に携わらせて頂いた。当初、第一回の公開講座は5月中旬に開催する予定で、政友会が企画立案を行う予定であった。しかしながら、テーマとそれに合った講師の選定に難航してしまい、第一回講座の開催が大幅に遅れてしまうこととなった。私が幹事長としての会内の職務に手一杯となってしまい、進行役が不在となってしまったことが要因である。今後は会内で責任の所在を明確化するとともに、会の外の学生も巻き込んだ学生事務局を政友会中心に立ち上げることを目標として動いていきたい。
さて、今回の公開講座では、映画『ハマのドン』の松原文枝監督を招聘してご講演頂いた。国も市も事業者もカジノ誘致に動く中で、無党派層の運動が広がりを見せ、結果的に市民の手によって政治を変えたというのは、近年の日本においては珍しい。ドキュメンタリーは、そんなうねりを生んだ「ハマのドン」こと藤木幸夫氏の人間力に迫っており、圧巻の内容であった。また、松原監督によるドキュメンタリー制作にまつわるお話も大変興味深かった。ドキュメンタリーにはシナリオがないため、常に様々な人から情報を集めて、次にどういうことが起こるか考えながら映像を撮っていたのだという。このようなプロの視点についてお聞きすることができたのは貴重な経験であった。
今回の講座で学生の参加者が極めて少なかったことは、今後課題として向き合っていく必要がある。大学構内でのポスター・立て看板の設置や、SNSや大学のHPでの告知など、広報については積極的に行ってきた。それらは多くの学生の目に触れたはずであるが、そこから講座に申し込んで参加するに至った学生は極めて少なかったのが現実である。このことについて、確かに広報のやり方にもまだ課題があるというのは事実であろうが、政治的なものに対する若者の忌避感というのも大きく影響しているだろう。
話は変わるが、今年の6月18日には早稲田大学大隈講堂にて岸田文雄首相の講演会が開催された。早稲田大学によると、一日も経たないうちに定員を超える3998名からの申込があり、抽選になったという。これだけを見れば、学生は政治に関心があるように思える。ただ、現役首相というある種の「有名人」を一目見てみたいというような政治性が排除された動機で申し込む学生も多かったと推察される。そのため、政治家の講演会に学生が集まったからといって必ずしも若者の政治への意識が高いとは言えない。岸田首相の講演会に対して今回の講座というのは、藤木氏と市民によるカジノ誘致阻止という政治的主張を含む「リアルな政治」を扱ったものであったため、政治性を排除した参加動機を持つことは考えにくく、あまり学生の参加が見られなかったと考えられる。
政治について関心があったとしても、自らの政治的な意見を進んで表明したり、逆に政治的な主張に触れたりすることに抵抗感のある学生は多い。若者が政治に関心を持てるようにしていくことも重要だが、ただ単に関心を持つというだけに留まらず、そこから更に自由闊達に自分の意見を表明したり、他者の意見に耳を傾けたりできるような土壌を作っていくことも求められるのだろう。