No.10 企画・進行:羽田智惠子 特別講師:小林研一郎 ―みんなで未来を育てようー『指揮者に学ぶリーダーシップと次世代への授業モデル』

2021年9月12日(土)14:00~16:20まで、ライブの対面開催。
研究所の招聘研究員と共催の途中塾が15名、招待者29名、一般ゲスト54名の ≪合計98名≫ が参加し公開講座・最終回を開催しました。

※本講座は感染対策を徹底した上で開催しました。


≪テーマ≫  ―みんなで未来を育てようー
『指揮者に学ぶリーダーシップと次世代への授業モデル』

開催場所: 早稲田奉仕園 スコットホール講堂 (新宿区西早稲田2-3-1)


企画・進行 羽田智惠子

早稲田大学公共政策研究所招聘研究員・(一社)途中塾 代表理事


特別講師 小林研一郎・指揮者

日本フィル桂冠名誉指揮者
ハンガリー国立フィル等桂冠指揮者
東京藝術大学・東京音楽大学名誉教授

≪概要≫

年々加速する人口急減と少子高齢化、AI・ロボットの市場進出、国力の低下に加えて日本の学生の社会意識は(国際調査で)先進国で最下位とされることを考えると、今後の人材育成を「知の伝授」中心から「知の活用」に軸足を置き換える必要がある。学校が≪社会の変化と将来に繋がりにくい現状≫を補うため教員任せでなく、社会で活躍するプロフェッショナルに直接会う機会を増やして、生徒や若者が未来への夢を描ける環境をつくるためコミュニティの力で支えることが、教育課題としての公共政策。
まずは教育関係者や大人が現状を認識して、子どもや若者に語りかけられるよう、最も典型的なリーダーシップのモデルとして、オーケストラの世界的指揮者を迎えた。指揮者は演奏者たちと共に、どんな対話や発信力で名曲を編み出すのか。そのプロセスや指導法を学び、今後望まれる授業モデルをリハーサルの映像やインタビュー、質疑応答によりビジュアルに提案した。

≪タイムテーブル≫

14:00~ 開会 主催挨拶と趣旨説明 (15分)
14:15~ 公開リハーサル映像『モルダウ』の上映(30分)
14:45~ 小林研一郎マエストロ インタビュー(20分)
15:20~ 映画『地球交響曲 第九番』の部分上映 (7分)
15:30~ 小林研一郎マエストロ登壇 2名のオケ演奏者との対話
お話とピアノの弾き語り (閉会まで五月雨演奏)
15:40~ 参加者との対話(20分)
16:10~ まとめと公演終了 (花束贈呈) ※早稲田大学グリークラブ
16:20 閉会

第1部 企画趣旨と公開リハーサル映像の上映


(1)10年20年後の日本を考えると、
10年後⇒ 平均年齢52歳(世界で例を見ない高齢社会)欧米・中・印は30-40歳代
約50%の仕事がAI/ロボットに置き換わる。(単純労務は不要になる)
20年後⇒ 肩車社会 (1人の現役世代が1人の65歳以上を肩車に経済を支える)
今は2人で1人を支えている。
80年後⇒ 人口が今の4割、「老いた5000万人国家」へ 国際競争力が低下
(2080年に人口半減の予測)
※日本の実質GDP(経済規模)は米国・中国・インドの延びに反して2030年、2050年に至っても横ばいが続き、国際競争力が落ちていく。

(2)頼みの綱は『子どもと若者』 教育でどうピカピカに輝いてもらうのか
生徒を教室に集め、同じ価値で人を大量生産する時代は終わり、AI・ロボットにない
能力を身につけないと、人は役割を得て生きていけなくなる。

(3)学校は何のためにあるのか。(小学校~大学まで)
社会人になるための準備期間。しかし、今の学校が社会の変化と将来に繋がっているかは疑問。2019年度・日本財団が実施の「18歳の意識(国際)調査」によると「社会的責任を持ち自分で社会や国を変えられるか」について、日本はダントツの最下位にあるが、
若者の社会的意識が低いのは親や教師を含む大人の意識を反映しているものだろう。

(4)私学や一部の公立校は5年10年、様々に挑戦し様変わりしつつある
参加型で議論しプレゼンテーションをし、地域や人材交流が盛んになってきた。
文部科学省の幹部も『教室と社会がつながれば学習意欲は向上する』と発言。

(5)人材の育成にはどんな手法があるか
① 知の伝授 ⇒ (今までの中心) 知識の習得 ⇒ AIには到底叶わない
② 知の活用 ⇒ (今後は①と併用が望まれる) ⇒ 学校内で賄うことは難しい

≪具体的にどうすればいいのか≫

特に知の活用について、未来の社会人を育てるために、子どもの頃から様々な分野で活躍する一流のプロフェッショナル≪100人 200人≫に、直接会える機会を教師や大人がたくさんつくる。世の中には凄い人がいる、こんな面白い仕事がある、こんなに格好良い人の指導を受けたいなど意欲を喚起することが知の活用の第一歩。

(6)公共政策との関連でみると
『生徒や若者が未来への夢を描ける環境をつくることが、教育課題としての公共政策』
そのために先人となる最も典型的なリーダーシップのモデルはオケの指揮者。
指揮者は演奏者と共に、どんな対話や発信力で名曲を編み出すのか。
そのプロセスや指導法を学び、未来に向う授業モデルをビジュアルに提案した。
参加者には『授業参観』をしてもらい、中高年でも問題意識の拡散を期待した。

2. 公開リハーサル映像の上映
-スメタナの『モルダウ』にみる名曲を編み出すプロセスとは-


2020年8月、軽井沢の大賀ホールで公演された、小林研一郎指揮、
「コバケンとその仲間たちオーケストラ」によるスメタナの「我が祖国」から、第2曲の『モルダウ』について、レクチャーコンサートの映像を30分上映した。
(映像の提供は長野県のケーブルTV会社Goolight で、編集は主催者側)

※≪コバケンとその仲間たちオーケストラ≫

2005年、長野県で開催されたスペシャルオリンピクス冬季世界大会(知的障害者の国際スポーツ大会)において、小林櫻子さん(研一郎夫人)の発案により、ボランティアによる演奏から始まった。
オケはプロ、アマ、障害のあるメンバーを含めて100名くらいで編成される。
お互い助け合って演奏する「共生社会」のモデルを示しているもの。

3.「モルダウ」を教材に小林研一郎さんのインタビュー
-世界の舞台でオケを率いる指揮者はどう今に至ったのか-

Q1:「1996年にチェコフィルの客演常任指揮者となってから2002年、「プラハの春音楽祭」でチェコのバイブルといえる『我が祖国』を東洋人として初めて指揮をとるに至るまでの苦労談やエピソードとは?」

Q2:「指揮者とオケはリハーサルで『持てる力を出し切る試練の場』と別のインタビューで語ったが、音の紡ぎ方は海外と日本で違いがあるか?」

Q3:「9歳の頃、ラジオから流れるベートーベンを聴いてから70年、ベートーベンの後ろ姿を追い続けている。当時、子どもの多くは(ガキ大将をめざすものの)目標を絞り込むことはできないのだが、好奇心の源とは何か?」

Q4:「80歳まで生きて、初めて見えてくる景色とは?」


第2部 演奏者との対話・弾き語り・Q&A
1.映画「地球交響曲 第九番」合唱練習の上映(7分)

龍村仁監督『地球交響曲 第九番』は、2021年に制作UPされ、ロードショーの後、自主上映会が続いている。主演は小林研一郎と『コバケンとその仲間たちオーケストラ』で、著作権との関係によりスキップできる範囲で短時間、合唱指導の部分を上映した。

2.演奏者との対話・お話と弾き語り
(1)仲間たちオーケストラの演奏者2名の登壇

当日参加していたヴィオラ奏者 阿部真也、オーボエ奏者 大木雅人の両氏をマエストロが予告無しの指名で登壇してもらい、二人は指揮者との日常的なコミュニケーションを語った。オケの奏者から「指揮者の一振りから最初の5分で指揮者の力量を見極めるのだが、マエストロはどんな思いでタクトを振るのか」「AIは指揮者になりうるか」などの質問が出された。
「いつも同じ気持ちで演奏者を愛してくれるので、マエストロに逆らわない、指揮者がどんな表現を望んでいるかを感じ、この人のために最高の演奏をしようとさせるのがリーダーシップではないか」との意見は企業を含む組織の共通項として印象に残る。

(2)マエストロの弾き語り曲 (ピアノも歌もプロ級)
ベートーベン「月光」 「第九の合唱」
「月の砂漠」 「白い花の咲く頃」 「ラ・クンパルシータ」(タンゴ)
石川啄木「東海の小島の磯の白砂に・・」(自作曲)「帰れソレントへ」他

3.会場参加者との質疑応答

Q1:「ビジネスのリーダーだが、落ちこぼれた人への対応を教えてほしい」
A:オーケストラで、どんなに下手でも「落ちこぼれ」を感じたことはない。絶対にこの人は上手くなると信用して、今日はこれを、次はこれを、こう歌ってみたら・・と、待つこと、良いアドバイスをすることを心がけている。信用する、愛する、尊敬することではないか。

Q2:「大学生への就活を支援しているが、作文を読んでも感性が乏しい気がする。9歳で第九を聴いて涙を流すような感受性はどこから生まれてきたのか?」
A:1940年に生まれて、B29(アメリカの戦闘爆撃機)が飛び交い、爆弾が落とされ、怒り狂った人が槍を持って自転車で戦闘機を追いかける姿を見た。防空壕に逃げて、肉親が僕を包んでくれた喜びもあった。その時の世の中にあったセンシティブな歌や、周りの環境によって感受性がつくられてきたように思う。

Q3:「現代音楽についてどう考えるか?」
A:長く培ってきた人生のなれの果てのようなもので、毒された音楽になっている。モーツアルト、ベートーベン、シューマン、チャイコフスキー、ドボルザーク、マーラー以降、やることがなくなり、作曲家たちはつまらないことを考え始めた。現代音楽に入る前に、やることは一杯あるので、100年くらいは別のことを探してほしいのだが。

Q4:「リハーサルの映像を見ると言葉を尽くしてオーケストラに思いを伝えている。音楽と言葉の関係について教えてほしい」
(今の子どもは言葉にないコミュニケーションへの意識が薄い)
A: 音楽は歌でできており、歌には「言霊」が息づいている。言葉と精神と歌(音楽)の精神状態を考えたのがベートーベン。よって五線の彼方にある『行間の宇宙』が歪められないように探っていかねばならない。言葉は自然に出るもので、空気に溶ける。オケの前で「良いことを言おう」はNGだ。飛び交う様々なエネルギーが音楽を作り上げている。

Q5:「息子二人が子どもの頃から自閉症で、普通短調のマイナーを理解できるのは小学3年生とされるが、子どもにマイナーが分かる心の育て方を教えてほしい」
A:(「帰れソレントへ」を弾き語りながら) この歌は最初短調から長調へと変わる。いろいろな形で聴かせてみると、良い音を聴くと感動するので、あらゆる角度から良い反応が出るまで何度も聴かせたらどうか。

≪後日まとめ≫

 2021年10月、「2030年には空飛ぶクルマが実用化される」とホンダが発表したが、めまぐるしく変わる社会環境や技術に大人の意識が追いつけない現状を感じている。
教育に絞ると、明治以来学校は大勢を教室に集めて、教える人と教わる人に分かれて人を大量生産してきた。読み書き算盤から始まる効率性が戦後の経済成長を支えて大きな役割を果たしたのだが、そのニーズは終わりつつある。現在はむしろ、江戸時代の寺子屋みたいな開放型の個別指導が望まれているのではないか。
『知の活用』ができる若者をどう育てるかは、ともすれば、学校社会を真摯に生きてきた教師の得意分野から外れる追加領域となり、過剰な負担を強いることになる。これから先は教師がプロデュサーの役割を担い、地域や企業やたくさんの専門集団といかに力を合わせられるかにかかってくる。発想を変えて、教員免許に拘ることなく、「教師の職業的流動性」をいかに高められるかだろう。


小林研一郎さんの姿勢には教育界、産業界や政治の世界でもリーダーに求められる高邁な資質と、人に上下をつくらない謙虚さへの畏敬を感じた。2つを紹介すると

①「オーケストラを指揮する時、自分の人生を捧げる演奏者の前でページをめくりながら楽譜を見ることはありません(事前に全楽器の楽譜をすべて暗譜して臨む)。
演奏者を尊敬し、一人ひとりの顔を見て、目や光を感じながら指揮をとるのです」
②「オーケストラで、演奏がどんなに下手でも「落ちこぼれ」を感じたことはない。
絶対にこの人は上手くなると信じて、今日はこれを、次はこれを、こう歌ってみたら・・と、待つこと、良いアドバイスをすることを心がけている。信用する、愛する、尊敬することが大事だと思います」

こういう器で、奏者へ愛情と尊敬を抱いている指導者が教育や各界に増えたら、生徒や学生、若い社員などがどんなに光り輝く未来をつくることでしょうか・・。

<早稲田大学グリークラブから花とワインを贈呈>


≪講座を終えて≫(企画進行所感)

公開講座ではごく普通の方々に問題提起をし、モデルを示して、家族を含む周辺にテーマの輪を広げてほしいと考えた。今は学校や教育に関心が高い人がたくさん存在する。
会場には学校の先生方にも参加いただいており、私が壇上から今後の教育について、あるべき論を語ったところで、人の意識を皮膚感覚で刺激し、細々ながらムーブメントの糸口にすることは難しいのでは・・・が企画の原点にあった。
世界が認める優れたリーダーシップをもつ小林研一郎さんを招いた講座だからこそ、引力と共感を得て会場を沸かせるプログラムを提供できたし、予想以上の反響からテーマが投げかけた意義を多くの皆さんに理解していただけたように感じている。
炎のコバケンは「行間の宇宙」を自在に動き、予めの脚本は次々と変更を迫られた。
元々「本番は何が起きるか分からない、出たこと勝負でいこう」と覚悟し、スタッフの皆さんにも協力を求めていたが、舞台裏を見せながらのステージは、参加者には「今度は何が起きるの?」とワクワク感満載のエンターティメントになったようだ。(学校の授業でも「予定調和」でないクリエイティブなワクワク感を演出できると「いいね!」)
コロナ禍で100名規模の生講座になったが、8月頭には申込みが80名以上になり、平行してコロナの(東京)陽性数は1日4000人から5000人を超え、際限なく増加していった。それでも多くの参加の思いはくじけることなく、9月12日の本番までにキャンセルは僅か1桁(数名)であった。「受けた約束は守る」とビクともしない81歳のマエストロと、「得がたい機会を全うしたい」私と、「コロナだろうが参加するのよ」の硬い意思をもつゲスト多数の組み合わせが、早稲田奉仕園のスコットホールを満員御礼にしたのでしょう。
準備から約4ヶ月、感染防止の徹底を考えながら、「出たとこ勝負」の本番までを支えていただいた小林櫻子さん(研一郎夫人)と途中塾や研究所のスタッフの皆さまに感謝申し上げます。コバケンワールドの炸裂は「えっ!?」の連続で、進行する側にも面白すぎて、会場の興奮や感動が今も余韻で残るほどに楽しめましたね~   (羽田智惠子)

当日のチラシダウンロード

≪STAFF≫

全体総括・進行 羽田智惠子
受付・衛生管理 金子みすゞ  前田佳美  林和恵  三田幸香
会場設営 源田孝  吉間慎一郎
会場誘導 畠田千鶴  渡辺留可
場内アナウンス 熊崎陽一 (質問対応を含む)
技術サポート 星野貴行
上映・映像収録 永田裕子   杉本さつき  清水陽太
進行助言 工藤英資
写真提供 畠田千鶴  嶋田 文

Special Thanks : 小林音楽研究所 株式会社Goolight 龍村仁事務所