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会合記録 連続公開講座『身近な地域から公共政策を考える』 第3回

2020年1月25日(土)15:00~17:00まで、26号館1102会議室で
縣所長と招聘研究員9名、ゲスト参加者16名を含めて26名が参加し、
第3回目の公開講座を開催しました。

 

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会合の様子の写真1

 

(1) 概 要

講 師   峯村昌子(招聘研究員 

産経新聞社サンケイスポーツ編集局文化報道部編集委員)

『都市と地域をつなぐもの』

― 震災9年から考える未来への町づくりとそのフィロソフィー -

進 行   藤倉英世 (ファシリテーター)

司 会   泉澤佐江子

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15:00      開会アナウンス(進行の案内)

挨拶  縣公一郎 所長

15:05~16:05  講演(60分)

16:05~16:15  休憩(10分)

16:15~16:55  質疑応答(40分)   

16:55~  次回の講座紹介(5分)※第4回(源田講座)は5月に開催予定

17:00   閉会アナウンス

 

会合の様子の写真2

 

(2) 講演内容

 2011年3月11日の東日本大震災から9年。被災地では新しい町づくりが進む一方で、防災に強い町は完成したものの、活用されないなどの問題が生じている。さらに大都市では震災の記憶が薄れ、都市と地域のつながりのあり方も問われている。定期的に訪問した岩手県宮古市、宮城県石巻市、南三陸町、福島県新地町の復興のリポートを通じて、単なるインフラ整備では捉えることのできない、持続可能な町づくりのためのフィロソフィーとは何か、について考察した。

 

① 「町づくりに『解』はない」。町とはさまざまな立場の人たちの集合であり、全員が満足する「正解」は導きだせない

② 行政が「復興」「防災」という旗印を掲げながら新しい町の整備を進める東日本大震災の各地でも同様。立派な施設を作っても人がまばらな宮城県石巻市のハマテラス、防潮堤建設を巡って反対が起こり、人口が3分の1になった同雄勝地区など

③ 建物などのインフラは整備できるが、人の心の修復が置き去りにされがち

④ 「震災の苦しみを抱えながら町を守る」提案―宮古市田老町の震災ガイド

⑤ 災害はやってくるー待望の全線開通した三陸鉄道が昨年10月の台風19号で被害

⑥ 町づくりに最も重要なのは町を何とかしたいと思う住民の心と、それに共感する心

⑦ 町を「持続可能」にするのは、外部や行政からの万能の「解」ではない。住民ひとりひとりが、どんな町に、地域にしたいのかを考え行動し続けること

 

会合の様子の写真3

 

(3) 質疑応答

縣所長のアイスブレークのあと、会場から個人的な体験を含めた意見や質問が寄せられた。

 

① 東京の在住者は9年前の出来事をすでに忘れているが、当事者には未だに変わらない現実が続いている。たとえば、原発事故で全町避難になった福島県浪江町は、住民がバラバラになり、避難解除されても戻っているのは行政、消防、警察の職員ばかりという。故郷に戻りたくても戻れない被災者の話を聞くと胸がつまる。そうした思いに都会の人たちが共感できるかどうかが重要だ。

② 東京湾の三番瀬を守る活動をしているが、三陸の人たちは、高い防潮堤を造ることを住民はどう考えているのか。リサーチの必要性を感じる。

③ 震災時と今の時点でキーパーソンの変化はあるか。町内会、商店街組織、おかみさん組合など「生きた顔」のある情報が町づくりに役立つ。

④ 自分は宮古・釜石の出身だが、9年たっても傷みが大きく、とてもつらくて現地を見に行くことができない。自分自身も頭の中では行かなければと思い、周囲からも勧められるが、つらい思いのほうが大きく、苦しんでいる。

⑤ 自分は高校生でその時は生まれていないが、25年前の阪神淡路大震災では、避難所で起きた女性への性犯罪が報道されなかったということを調べて知った。それについてどう考えるか。

 

会合の様子の写真4

 

講座を終えて(講師所感)

早稲田大学名誉教授片岡寛光先生の「今、なぜ公共経営か」(2004、早稲田パブリックマネジメント)によると、広義の公共経営とは「社会的存在を共有する人々が、共通する社会的ニーズを充足したり、その他の方法で公共的諸問題を解決するために、公共目的を設定し、問題の解決を図っていく集合的営為」とされ、政府、民間、シビック三部門の分業・協力に基づく解決を理想としている。しかしながら、未曾有の災害となった東日本大震災の各地の復興においては、「防災を柱とした町の再生」を大義にかかげた防潮堤やあたらしい街づくりなどのインフラ整備に行政の主眼が置かれるあまり、本来の主体である住民の心との乖離が目立つようになってきているように見える。

今回の講座においては、冒頭に『町づくりに万能の「解」はない』というテーゼ(命題)を掲げた。そもそも町や地域には、その地に根差し、さまざまな背景を持つ住民が暮らしており、どの人、どの町にも適応する「解」は存在しえないが、「震災復興」という最も意見集約しやすい(と思われる)テーマを掲げた被災地でも、やはり「『行政の理想』と『住民の現実』の乖離」が無視できない規模で起きている。これこそが、「町づくり」の難しさを象徴していると考えられる。

講演後の質疑応答では、宮古市出身で、首都圏に暮らす方が「戻りたくてもどうしても戻ることができない」と涙ながらに語る場面があった。講座で期待されている議論とはならなかったが、震災がもたらした心の傷の大きさを感じさせ、都市、地元に関わらず、「共感すること」の重要性を感じさせた。被災地の「町づくり」とは、行政と住民が、こうした人々の心に寄り添いながら、「あるべき町の姿」をともに悩み考え、行動し続けることで進んでいくのである。

 

会合の様子の写真5